子どもの頃、私は気づいていなかった。
自分の家が「ゴミ屋敷」だということに。
それが普通だと思っていたから。
床に物が置かれていることも、
テーブルの上に物が積み重なっていることも、
部屋のあちこちに袋や物が置かれていることも。
私にとっては、それが当たり前の景色だった。
友達の家で初めて気づいた
ある日、友達の家に遊びに行ったとき、
ふと違和感を覚えた。
「家ってこんなに広かったっけ?」
特別大きな家だったわけではない。
でも、なぜか広く見えた。
理由はすぐに分かった。
床に物がない。
うちでは、床に何かが置かれているのが普通だった。
袋だったり、物だったり、置きっぱなしの何かがある。
でも友達の家は違った。
床がちゃんと見える。
それだけで、部屋がとても広く感じた。
そのとき初めて、
「うちって、もしかして普通じゃないのかもしれない」
と思った。
テレビに出てくるようなゴミ屋敷ではない
ただ、テレビに出てくるような
足の踏み場もないゴミ屋敷というわけではなかった。
廊下は普通に歩けるし、
家全体がゴミで埋まっているわけでもない。
でも、リビングと玄関だけは別だった。
玄関には物が積み上がり、
靴も家族の人数分以上の靴が並んでいる。
リビングのテーブルの上には、
郵便物や袋、細かい物がどんどん増えていく。
飲みかけのペットボトル。
食べ終わったお惣菜の容器。
鼻をかんだティッシュ。
一つ一つは小さいものなのに、
気づくとそのまま溜まっていく。
「あとで片付ける」
でも、その「あとで」が来ることはなかった。
落ち着かないリビング
リビングは食事をする場所でもあった。
でも、正直あまり好きな場所ではなかった。
テーブルの上には物が残っているし、
なんとなく落ち着かない。
きれいじゃないな、と
子どもながらに思っていた。
でも、それがずっと続くと、
だんだん何も言えなくなっていった。
「片付けなさい」と言われても分からなかった
不思議なことに、親はよく言っていた。
「部屋、片付けなさい。」
でも子どもの私はいつも思っていた。
どうやって?
何を捨てていいのか分からない。
どこに戻せばいいのかも分からない。
いつも頭の中がごちゃごちゃしていた。
そもそも、
「片付いた部屋」がどういう状態なのかを
私は知らなかった。
だから、片付けようとしても
結局どこに置けばいいのか分からない。
少し動かして、
また別の場所に置いて。
それで「片付けたつもり」になっていた。
大人になって思うこと
大人になった今も、正直に言うと
私は片付けが得意ではない。
子どもの頃から、
片付いた家というものをあまり知らなかったからだと思う。
でも、少しずつ変わったこともある。
前ほど、物に執着しなくなった。
思い出の品は、写真に残してから手放す。
衝動的に物を増やさないようにする。
できるだけ長く使えるものを選ぶ。
そんな小さなことだけど、
意識するようになった。
子どもの頃の環境は変えられない。
でも、大人になった今なら、
自分の生活の形は少しずつ作っていける。
完璧に片付いた家じゃなくてもいい。
それでも、
自分が落ち着ける空間を作りたい
そう思うようになった。


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